「ネットワーク時代の行政活動」
‐序論‐


要旨 ネットワーク時代の行政においては、ICTの特徴である行政職員一人一人が自動即時情報処理に関与できる(コンピュータを持つ)、情報を組織内や組織間で共有できる、国民・企業と共有できる(ネットワークにつながる)という技術環境が用意され、この環境の上で行政活動が展開される。このような環境下で、行政活動はどのように変わるのであろうか? その一端を考察する。

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本稿は、著者(奥村裕一)が、「行政と情報システム」2009年4月号((社)行政情報システム研究所)に掲載した論考「ネットワーク時代における行政活動の未来志向(序論)」を要約し加筆修正したものである。

「ネットワーク時代の行政活動」:10の規準

「ネットワーク時代の行政活動」は、ICTの特徴である行政職員一人一人が自動即時情報処理に関与できる(コンピュータを持つ)、情報を組織内や組織間で共有できる、国民・企業と共有できる(ネットワークにつながる)という技術環境が用意されることを背景にして、紙文化時代とは異なったやり方で行政活動が展開される可能性がある。

一方、伝統的な行政に対して、その限界を克服するため、民間経営手法を取り入れようとする新公共経営(NPM)の要素、議会制民主主義の補完として設けられた情報公開と説明責任の強化、市民・国民の意志決定への参加を視野に入れるガバナンス手法、行政サービスの提供にあたっての組織間協業の模索などの「新しい行政手法」が実施され、あるいは試みられてきた。

「ネットワーク時代の行政活動」と「新しい行政手法」は、両者が相互に依存ないし融合しつつある。これらの集大成としての総合的な行政活動の新しい姿がまだ確固として形成されているわけではないが、おぼろげながら全体を見渡す議論も始まっている。

これらの変革の動きの全体をみる物差しとして、ここでは10の規準にまとめてみた。つまり、伝統的な行政から「ネットワーク時代の行政活動」への変容のチェックリストである。

第1は、政策遂行の価値判断である。手続重視から結果重視への移行は、既存の手続きにとらわれることなく問題解決の糸口が生まれる条件が整うという意味でインパクトが大きい。効率性を重視する立場のNPMが結果重視を指向する傾向が強いが、重要な先駆例は、クリントン・ゴア政権時代の政府業績結果法など結果重視政策の導入である。結果重視はこれまで日本の行政でも主張されながら、実際は手続重視に振り回されている。この一つの要因は行政の結果が見えにくいという意見が日本では根強くあることにも起因する。確かに民間のように最終的には企業の業績が数字となって表れるような便利な指標はなく、個別の政策分野、業務ごとに結果をどこに求めるか明らかにしなければならない。そしてそれを可能な限り計測可能にする試行錯誤の長い積み重ねが必要である。政策分野ごと、業務ごとに、その最終目標、途中経過の目標、影響要因、評価方法をまず計画段階で利害関係者の合意を取ることが肝心である。手続はこのような計画の実現手段の一つであり、既存の人員、手続きにとらわれず、結果重視の観点から、不要なもの、無駄なもの、逆に新たに必要なものを洗い出していく。そして自動化できるものは情報システムによって自動化する一方、行政職員のやるべき業務を峻別していく。これらがICTの利用で、関係者の参加による開かれた計画の策定、結果の計測や報告が大変やりやすくなった。

公正性は行政サービスの普遍の規準であるが、ネットワーク時代になって公正性を犠牲にすることなく効率性なども同時に追求できる道が開ける。

第2は、国民への行政の透明性、説明責任である。例えば、オバマ政権のオープン政府政策がそれにあたる。米国では日本の情報公開法の下敷きとなった情報自由法(1966年)の長い歴史があるが、あくまで国民の要求に応える形での情報公開である。ここでいう透明性は、行政自らが積極的に行政の持つ情報を国民に提供し共有していく姿勢をいう。ただし、中途半端な透明性ではかえって国民の不満がたまるので事態は悪化する。多様な見方の中での行政の真摯な努力と選択が伝わるような透明性が望ましい。ICTはまことに透明性にふさわしい技術であるが、社会と行政がともに民主主義の質を高めるための透明性の有効性を理解し、同時に情報提供への抵抗感を除去するため、例えば、国民も早急かつ完璧な政策結果のみを求めることはせず、社会の構成員として行政サービスを共に築く姿勢で透明性を求めることが必要である。

第3は、国民との関係の洗い直しで、画一的で一方的な行政サービスから国民と協力してきめ細かいサービスを生み出す形態つまり国民協業型行政の追求である。問題は、一つは古くからある行政現場での対国民業務に潜み、いま一つは公共的サービスを提供するNPOなどとの連携の仕方にある。いずれも伝統的行政の持つ画一的で一方的な行政サービスでは現場で接する国民のニーズに応えきれない矛盾が付きまとってきた。  しかし、関係者間を容易につなぐネットワーク社会の利点を生かし、情報のきめ細かい共有と分析により上に述べた矛盾を少しでも和らげるとともに、英国で手掛け始めているような行政職員の外部活動への関与の制度的担保が必要である。

第4と第5は、よりよい政策の結果を求めて行政組織の垣根を越えた協業により問題解決をしようとする行政組織間の姿勢である。例えば英国のJoined-Up政策などにみられる協業行政 がある。そして、これを支えるのがICTを利用したバーチャルな組織間連携である。つまり組織の統合を図らずとも、複雑化する案件に応じて関係する組織が柔軟にバーチャルな協業体制を組む、ということを目指す。ただし協業のためのガバナンスを同時に確立していかなければならない。

第6から第9は、行政内部のマネジメントに属する規準だが、結果重視、透明性、協業の政策遂行の実現には組織管理の新しい考え方として欠かせない。内部業務では今以上に対象とする行政分野の課題分析に重点をおき、組織は現場重視のネットワーク型を目指し、人事は仕事主義で配置し、会計は予算獲得や手続きよりも価値創造を重視していく。いずれもICTの潜在力が結構役に立つ。

そして何よりも、第10の行政官の価値観が専門家を重視し、外向きで執行結果を大事にする姿勢に変わらないと「ネットワーク時代の行政」は円滑に進まない。

表:行政活動変容の規準

規準の軸伝統的行政(As-Is)イネーブラーとしての技術(例)ネットワーク時代の行政(To-Be)
1 政策遂行手続重視、公正性、効率性は劣後計測と報告、自動化結果重視、効率性、公正性、定型的な手続の自動化
2 情報公開、説明責任受動的、対大臣・議会社会メディア能動的、対直接国民
3 国民との関係広報・相談窓口に委任、画一的、一方的CRM、社会メディア積極的意見収集と個を重視したサービス、協業的
4 中央省庁組織関係各省の所掌外は無視、縄張り争いSOA、データ連携各省間分業と協業の組合せ
5 中央と地方の関係隷属ないし敵対、集権か分権かの対立SOA、データ連携中央地方間分権と協業の組合せ
6 内部業務手続き管理中心SOA、可視化、分析と報告、自動化、シェアードサービス対象行政の課題分析重視、手続管理の簡素化・集約化、自動化
7 組織内部事務重視の官僚制SOA、可視化、情報共有のフラット化現場重視のネットワーク型
8 人事政策ポスト主義業務分析と報告仕事主義
9 会計政策予算確保重視価値分析と報告価値創造重視
10 行政官の価値観組織優先、企画調整優位、ジェネラリスト分析、情報収集国民優先、業務執行優位、プロフェッショナル

「イネーブラーとしての技術」と行政活動の変容

表の「イネーブラーとしての技術(例)」の列を見てほしい。そこには、例としてネットワーク時代の行政のイネーブラー技術を挙げてある。また、上述の10の規準の説明に技術とのかかわりも触れた。

しかし、理解しておくべきは、こうした技術は、あくまでイネーブラーすなわち変容の可能性を引き出してくれるだけで、技術が自動的に行政の変容を起こすのではないことである。ネットワーク社会という環境は整いつつあるのだから、これをテコにして、人や組織の側が意識して、行政活動の変容を起こす契機を作って初めて巨大な岩石=行政は動き出す。米国の行政学者のリンドブロムが指摘したように行政は漸進主義であると認識されていて、変容には社会と行政自身による相当の努力がいる。

米国連邦政府を例にとれば、90年代以降一貫して、「イネーブラーとしての技術」を活用して「ネットワーク時代の行政」を追求してきた。

  1. クリントン時代は、電子商取引を範にした電子政府と結果重視行政への転換
  2. ブッシュ時代は、連邦政府を一つの大きな組織に見立てた協業行政の推進
  3. オバマ現政権は、透明性とオープン政府を掲げた国民と行政の関係の緊密化

以上の行政活動の変容の概要を図示すれば次のようである。