2010年03月21日

21世紀の米国流行政革命

2. EA×PBM

連邦政府は巨大な組織であり、IT投資の対象も膨大な数と範囲に及ぶ。この中で、重複投資による無駄や、予算拠出後の放任主義に由来する無駄が多発していた。これを解決するための方法が、EAを用いたIT投資の全体像の棚卸しと、KPIベースのPDCAサイクルによるパフォーマンス基準のマネジメントである。

*   *   *

GPRAに言う戦略計画・パフォーマンス計画は目指すべきゴール地点を表明したものであって、具体的なマネジメントの体系にまで踏み込んだものではない。また一方では時代の要請として、益々複雑化し、変化の速度を増してゆく社会状況に対応するために、高度なITの活用が不可欠となっていた。こうした中で米国は、行政向けにPDCAサイクルをモデル化したPBM(Performance-Based Management/パフォーマンス基準マネジメント)の体系化を行い、その具体的な実践分野としてIT投資の合理化に矛先を向けた。これらの要素を盛り込んだのが、先にも名を挙げた1996年制定のClinger-Cohen Actである。

CCAは各省庁でのIT投資に的を絞って新しいマネジメントの体系を定めた法であり、その内容は次の3点にまとめられる。

  1. 各省庁にCIOを設置し、CIOは組織の最高意思決定機関の一員として業務パフォーマンスに資するIT環境の整備に責任を負うこと。
  2. IT調達にまつわる旧来の手続きを大幅に簡略化して各省庁の裁量を拡大すると共に、*1PBMの文脈に沿った説明責任の徹底によってバランスをとること。
  3. 省庁の業務目標とIT環境およびその調達計画が噛み合っていることを示す資料として、ITアーキテクチャを整備すること。

これらはNPRの示した戦略の具体化となっているが、特に3つめのITアーキテクチャの整備に特徴がある。

極論すれば、ITアーキテクチャとは、業務とIT資産の関連を明示した図表である。例えば庁舎内を巡るネットワーク機器はあらゆる業務を支えるものであるのに対し、伝票の管理・集計を行う財務システムは主に財務部門の業務を支える。あるいは、建築物の構造設計を行うシステムであれば、ごく一部の省庁の、更に特定の部署の業務にだけ関わりを持つであろう。このように、IT資産と言ってもその利用状況は様々である。個々のIT資産が持つ重要性は、業務との関わりを明らかにしない限り見定めることができない。そこで、業務とIT資産それぞれの一覧を叩き台として、その両者を結び付ける依存関係を書き足して表現したものがITアーキテクチャである。現在ではこれをEA(エンタープライズ・アーキテクチャ)と呼ぶ。

図2.国防総省のEA(一部抜粋)

図2.国防総省のEA(一部抜粋)上記の表は米国国防総省のBEA ver.6.2の資料から一部抜粋したものである。#1左側のSystem Functionの列には、ITシステムによって提供される機能が並んでいる。一番上のBusiness Capabilityの行には組織が有する業務能力が、その1行下にあるOperational Activityにはその業務能力を支える個別業務の名称が並んでいる。表の本体には、これら個別業務とシステム機能の交点に実際のITシステム名(DAMIRやUSXPORTS)が記載されている。この表によれば、DAMIRはMonitor Contract Performance機能*2を提供し、その機能はConduct Acquisition Assessment*3といった業務において利用され、結果としてManage Acquisition Oversight Integration*4という業務能力が支えられていることが分かる。

EAの整備作業の実際は、組織内業務とIT資産の棚卸し・突き合わせである。これらは一般に業務分析と呼ばれる作業の範疇に含まれる。連邦政府の省庁のような大規模組織では対象となる業務・資産の数は膨大なものとなり、業務分析は困難を伴うのが常である。しかし、EAの整備に成功したならば、次のような効能が得られる。#2

  • 既存および新規調達の対象となるIT資産の重要性を客観的に判断できる。
  • IT資産の新規調達において他の資産との関係性を把握することで、より低リスクな調達要件や導入計画を策定できる。
  • 長期的な業務戦略を検討する上で、EAにまとめられた現在の業務・IT資産の全体像を判断材料とできる。

一見するとどれも当然のことのように思えるが、実現は決して容易でない。例えば、かつて騒動となった2000年問題の時に公表された数字がある。これによれば、業務に必須のミッションクリティカルなITシステムに限っても、大部分の省では300~600程度のシステムを有しており、国防総省に至ってはその数が3000近い。#3これらのシステム同士の間にある結び付きや、更に現場業務との関連ともなれば、系統だった手法を導入しなければその複雑さを把握することはできない。EAは正にこうした状況に取り組むツールである。

他方、EAはツールでしかない。EAの助けを借りつつも具体的に何をなすべきかを決定するマネジメント活動は、あくまでもPBMの範疇である。PBMの要諦は、次のようにまとめることができる。#4

  1. 業務目標の数値的明確化
  2. 綿密なモニタリングによる目標達成状況の確認
  3. ギャップ分析に基づく適切な措置の実行

すなわち、PBMとはPDCAサイクルの実践そのものである。しかし、行政は言わば純然たるサービス業であり、モニタリングすべき対象も抽象的・主観的になりがちで、定量的なPDCAの実践は難しい。製造業の世界ではPDCAの一種としてバリューエンジニアリングが実践されるが、これが可能なのは、客観的に数値化できる製造上の指標が多いことによる。そこへClinger-Cohen Actは、IT投資に分野を限定しつつも、費用対効果を測定する枠組みを示している。支出先であるIT資産、その効果のもたらされる領域である業務をEAに明示することで、議論の具体化を下支えしているのである。

このような枠組みは既に産業界で確立していた1つのベストプラクティスであり、連邦政府におけるその後のマネジメント改革の原型となってゆく


*1
CCA以前は大規模IT投資は全てGSA(General Services Agency/一般調達庁)を通じて行うこととされており、各省庁の自主判断による投資は原則として許されなかった。
*2
調達契約において、発注先の業者のパフォーマンスをモニタリングする機能を指す。
*3
調達契約のアセスメント業務を指す。
*4
調達契約の個別監督業務を統合し管理する能力を指す。

(参考文献)

#1
"BEA 10.0", (DOD, 2013)
http://dcmo.defense.gov/products-and-services/business-enterprise-architecture/
#2
EAを用いたIT投資の最適化については下記資料に詳しい。
"A Practical Guide to Federal Enterprise Architecture", (CIO Council, 2001/02) link
#3
JEIDA NY駐在員報告「米国におけるコンピュータ2000年問題のその後―2―」 (JEIDA, 1998/09)
http://www.jif.org/column/9810/2.htm
#4
体系化されたPBMの詳細については下記のハンドブックに詳しい。
"The Performance-Based Management Handbook", Vol.1-6, (PBM SIG, 2001/09)
http://www.orau.gov/pbm/pbmhandbook/pbmhandbook.html